アニメ『進撃の巨人』第14話「まだ目を見れない」の場面に触れます。ネタバレを含みます。
リヴァイというキャラクターを好きになった場面を聞くと、戦闘ではなく、審議所の場面を挙げる人がいます。鎖につながれた少年を、大勢の前で蹴り続けた場面です。
見ていて気分のいい場面ではありません。それでも、あそこでリヴァイを信用した、と言う人が少なくないのです。
巨人の力を見せたエレンを、憲兵団と調査兵団のどちらに引き渡すか。審議の場は、少年を恐れる声で埋まっていました。そこでリヴァイは、エレンを容赦なく蹴りつけます。
この場面は、リヴァイの乱暴さを示すものとして語られがちです。でも順番をたどると、彼が蹴ったのは、エレンが感情のままに声を上げ、場の恐れがいちばん高まった直後でした。怒りが先にあったのではなく、場の空気を変える必要が先にあったと見るほうが、その後の流れとよく合います。
審議所の大人たちが恐れていたのは、エレンという少年ではなく、その中にある得体の知れない力でした。リヴァイは、その力を持つ相手を、目の前で一方的に押さえつけてみせます。
「この少年は、制御できる」——言葉にすれば疑われることを、リヴァイは体で示しました。説得は、聞く側に余裕があるときにしか届きません。恐れで固まった場では、理屈より先に、目に見える一つの事実のほうが効きます。
この場面で誰がいちばん損をしたかといえば、蹴った側のリヴァイです。人前で少年を痛めつけた人物として、見ていた全員の記憶に残ります。
それでも彼は、言い訳をしていません。役目に必要な汚れを、誰かに回さず自分で引き受けた。命令を出す立場にいる人ほど、汚れる仕事を部下に任せたくなります。リヴァイは逆の順番を選びました。この人が「冷たい」と言われながら信用されるのは、たぶんこの順番のせいです。
審議の結果、エレンは調査兵団に引き渡され、リヴァイの班に入ることになります。つまり、蹴った相手を、そのまま自分が預かることになりました。
乱暴に扱った相手の面倒を、最後まで自分で見る。これは、その場かぎりの演技では引き受けられない結末です。蹴る前から、その先まで自分が抱える覚悟がなければ、あの場面は成立しませんでした。
蹴られたエレンにとって、リヴァイは最初、ただ恐ろしい大人です。痛みと屈辱のほうが、意図より先に届くからです。
意図が分かるのは、少しあとになってからです。守られたと分かるのが遅れる守られ方というものがあって、この場面はその典型でした。守られた側がすぐに感謝できない形の守り方は、守る側にとっていちばん報われにくい形でもあります。
同じ場面を見ても、残る一点は分かれます。
蹴りの容赦のなさ。場の空気が変わった瞬間。汚れ役を自分で引き受けたこと。蹴った相手を自分が預かる結末。——引っかかる場所は、見る人ごとに違います。
分かれ目は、リヴァイが好きかどうかではありません。優しさを、優しく見えない形で受け取れる人かどうか——そのあたりに近いところです。
思い出せる場面がひとつあれば、それで足ります。
---
<!--裏取り: 進撃の巨人 / https://shingeki.tv/season1/story/episode_15.php / 第15話「特別作戦班」(公式あらすじ=審議の結果リヴァイ班に所属・ハンジの実験の話。古城の掃除は複数の各話紹介で確認)-->