人造人間・セル編(セルゲーム)の場面に触れます。ネタバレを含みます。
ドラゴンボールで心が動いた場面を聞くと、セルゲームで悟飯が変わった瞬間を挙げる人がいます。ただ、同じ瞬間を挙げた人でも、止まった位置は同じではありません。
悟飯の髪が逆立った瞬間で止まる人もいれば、その少し前、16号が最後に語りかけたところですでに止まっている人もいます。
悟飯は、戦うことが好きではない子どもです。それでも父の判断で、セルの前に立たされます。そして、ある瞬間を境に、誰も見たことのない強さを見せる。ここはよく「悟飯がキレた場面」として語られます。
けれど、彼の力はその瞬間に生まれたものではありません。ずっと前から、本人の中にありました。足りなかったのは力ではなく、それを使ってもいいという許しのほうです。怒りは引き金でしたが、扉を開けたのは、その直前に届いた言葉でした。
悟飯に戦えと言ったのは、父の悟空です。けれど、戦ってもいいと言ったのは、別の人でした。人造人間16号です。
16号は、もともと悟空を倒すために作られた側にいました。その人が、自然や小さな生き物を好み、最後に悟飯へ、正しいことのために戦うのは罪ではない、と語りかけます。期待をかけてくる人の言葉より、何も求めない人の言葉のほうが、深く届くことがあります。 悟飯の扉を開けたのは、そういう言葉でした。
悟飯は、自分が本気を出すと何が起こるかを、どこかで分かっていました。だから出さなかった。戦いが嫌いなのは、弱いからではなく、自分の力が怖かったからだと読めます。
優しい人ほど、自分の中の荒っぽいものを、外に出さないように暮らしています。出さないことが、その人の優しさの形になっている。この場面で止まる人の中には、悟飯の強さではなく、ずっと出さずにきた側の時間のほうに覚えがある人がいるのかもしれません。
16号は、作られた目的とは違うものを、自分で好きになった存在です。鳥や木や、静かなもの。その人が最後に使った言葉は、自分のためではなく、目の前の子どもの背中を押すためのものでした。
作られた理由のほうではなく、自分で選んだもののほうを最後に守った。 16号の側に立つと、この場面は悟飯の覚醒であると同時に、ひとりの人造人間が自分の役目を自分で決めた場面に見えてきます。
力を解いたあとの悟飯は、それまでとは別人のように見えます。けれど、戦いたくないという気持ちが消えたわけではありません。消えたのは、ためらいのほうです。
気持ちと、ためらいは、別のものです。戦いたくないまま、それでも戦うと決めることはできる。あの場面の悟飯は、性格が変わったのではなく、性格を持ったまま、一歩前に出たのだと思います。
同じセルゲームの場面を思い出しても、残っている一点は人によって違います。
父に送り出された小さな背中で止まる人。16号の最後の言葉で止まる人。髪が逆立った瞬間で止まる人。そのあとの、別人のように静かな悟飯の顔で止まる人。
作品の評価が分かれているのではなく、ふだん何を見て生きている人かが分かれているだけです。 理由を説明する必要はありません。浮かんだ一場面が、そのままあなたの答えになります。
この場面で息を止めたということが、あなたの何を指しているか。
そこが分かれるところに、あなたの性格が出ます。
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