劇場版『ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』の場面に触れます。ネタバレを含みます。
『ミュウツーの逆襲』を見た人に、一番覚えている場面を聞くと、似た答えが返ってくることがあります。ただし、その中のどの一秒で止まったかは、答えた人の数だけ違います。
戦いの決着ではなく、涙という現象そのもので、時間が止まる人がいます。
劇場版『ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』。人工的に作られた自分の存在を呪い、人間とポケモンの優劣を証明しようとしていたミュウツーが、目の前で流れた涙を見て立ち止まる場面です。多くの人はこの場面を、「少年との交流を通じて心を開いた話」として覚えています。
でも、そこまで単純な変化ではありません。ミュウツーは、サトシという一人の少年に特別な好意を抱いたわけではありません。 彼が最後まで向き合っていたのは、人間そのものへの不信であって、個人への感情ではなかったからです。
一人の少年を好きになるという道筋なら、ミュウツーはもっと早い段階で立ち止まれたはずです。彼が立ち止まったのはずっと後で、しかも相手は少年ではなく、目の前で起きた現象そのものでした。
ふつうの順番なら、まず悲しいという感情があって、それから涙が流れます。この場面はその順番をひっくり返します。サトシが石に変わったあと、最初に動いたのはポケモンたちの涙のほうでした。ミュウツーが作ったコピーたちも、本物のポケモンたちも、区別なく涙を流し始めます。
ミュウツーはその現象を見てから、初めて「悲しみ」という言葉の意味を、頭ではなく目の前の光景として理解します。 感じたから泣いたのではなく、泣いているものを見たから、感じ方を知った。優劣を測る基準しか持っていなかった存在に、測れないものが最初に届いた瞬間です。
ミュウツーとサトシのあいだにあったのは、言葉を交わす関係ではなく、円形の闘技場で行われる一対一の戦いという儀式でした。ポケモンと、そのコピー。人間と、そのコピー。優れているのはどちらかを、戦いの結果だけで決めようとする、ミュウツーが自分で用意した舞台です。
その舞台に、サトシは戦うためではなく、割って入るために足を踏み入れます。競うための場所に、競わない目的で立った人間は、ミュウツーにとって初めての存在でした。 舞台の意味そのものが、サトシの行動によって内側から壊れています。
儀式というものは、参加する者全員がルールを守るという前提の上に成り立ちます。ルールを守らない一人が現れただけで、儀式は儀式のまま機能しなくなり、ミュウツーの用意した基準ごと宙に浮きました。
サトシの側から見ると、ミュウとミュウツーの間に割って入った行動は、突発的な勇気に見えます。でも彼はそれ以前から、ポケモンを道具としてではなく、対等な相手として扱う態度を崩したことがありません。
その積み重ねがあったから、彼の体は迷わず二匹の間に入ることができました。とっさの決断ではなく、それまでの態度がそのまま行動に変換されただけです。 ミュウツーが見ていたのは、勇敢な少年一人ではなく、日頃からある態度の延長線でした。
ミュウツーは自分を「最強のポケモン」だと名乗り、その強さを何度も証明しようとします。多くの人はこれを、傲慢さの表れとして読みます。
でも見方を変えると、その名乗りは、自分が作られた存在であることへの不安を、上書きするための行為でもあります。生まれではなく強さで自分の価値を測れば、「作られた」という事実そのものを気にしなくて済む。 強さへのこだわりは、自信ではなく、いちばん触れられたくない場所を守るための壁でした。
壁が高くなるほど、内側の不安の大きさも比例して見えてきます。強さを誇示する回数が増えるたびに、実はそれだけ、自分の出自から目をそらす必要に迫られていたということでもあります。
この場面は、「ミュウツーが人間を許し、争いをやめた話」として語られがちです。でも描かれているのは、そこまで明快な結論ではありません。涙という現象の前で、ミュウツーは優劣を競うことの意味を見失い、戦いの手を止めます。
許した、のではなく、測ることのできないものの前で、測る行為そのものを保留しただけです。 人間とポケモンのどちらが優れているかという問いに、彼はまだ答えを出していません。答えを出す前に、その問い自体が急に小さく見えてしまった、という場面です。
同じ「ミュウツーの涙」の場面を見ていても、心に刻まれる箇所は見る人ごとに違います。
サトシが石に変わった瞬間で止まる人。ポケモンたちが一斉に涙を流した光景で止まる人。「最強のポケモン」という名乗りの意味が反転する瞬間で止まる人。ミュウとミュウツーが向き合ったまま動きを止めた静けさで止まる人。戦いの手が止まった、その余韻で止まる人。
作品への評価が分かれているのではなく、ふだん何を見つめて生きている人かが分かれているだけです。 言葉で裏づける必要はありません。浮かんだ一場面がそのまま、あなたの答えになります。そこから先をどう受け取るかは、あなた次第です。
この場面で息を止めたということが、あなたの何を指しているか。
そこが分かれるところに、あなたの性格が出ます。
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