アニメ『NARUTO 疾風伝』第81話(通算第302話)「第十班」の場面に触れます。ネタバレを含みます。
NARUTOで泣いた場面を聞くと、シカマルとアスマの名前が返ってくることがあります。ただ、同じ二人を挙げた人でも、止まった一点は同じではありません。
戦いの最中ではなく、誰も見ていない時間のほうで止まる人がいます。
アニメ『NARUTO 疾風伝』第81話(通算第302話)「第十班」。アスマの訃報が里に届いた、その次の回です。公式のあらすじには、こう書かれています——アスマの葬儀を欠席したシカマルは、喪失感から立ち直れずにいた。
弟子が、師の葬式に来ない。物語の作りとしては、かなり乱暴な手です。泣かせるだけなら、棺の前で泣き崩れさせたほうが早い。誰にでも伝わるし、一枚で成立する。それをやらずに、この回は彼を式場の外に置きました。
置いた理由は、おそらく一つです。シカマルは、人が見ている場所では悲しめない人だからです。行かなかったのは悲しくなかったからではなく、行けば顔に出てしまうからです。彼にとって式場は、悼む場所ではなく、悼んでいるところを見られる場所でした。
その代わりに彼がしたのは、煙草に火をつけることでした。自分の嗜好ではありません。アスマの形見のライターで、アスマが吸っていたものに火をつけて、むせて、そこで初めて泣きます。
この順序が効いています。泣くために煙草を吸ったのではなく、煙草を吸ったから泣けた。 誰の前でも崩れられない人間が、崩れるための口実を、自分に一本だけ用意した。むせたのは失敗ではなく、たぶん必要な手順です。咳き込んでいるあいだは、泣いていることにならないからです。
そしてこれは、遺品を抱きしめるのとは別の行為です。抱きしめるのは、その人を失った側の動作です。火をつけるのは、その人がやっていたことを自分の体で一度なぞる動作です。彼は悼んでいたというより、引き継ぐ側に回れるかどうかを、一人で試していたように見えます。
シカマルとアスマのあいだにあったのは、説教ではなく将棋でした。あの二人は、大事な話をするときほど向かい合わず、盤を挟んでいます。目を合わせずに済むからです。
だからアスマも、いちばん渡したかったものを、盤の言葉で渡しました。この里の「王」は誰なのか、という問いです。答えを言わずに、問いのまま置いていった。
これは優しさというより、シカマルの性格を正確に読んだ上での渡し方です。答えを言われたら、彼は「面倒くせぇ」の一言で受け流せてしまう。問いのままなら、受け流せない。考えることでしか動けない人間に、考え続けるしかない形で残した。師が弟子に残せるもののうち、これはいちばん重いほうです。
死ぬ間際に何かを託した、という話ではありません。アスマはずっと前から、シカマルに対してだけ、手のかかるやり方を選んでいます。
上官が部下に何かを教えるとき、いちばん速いのは言葉です。こうしろ、こう考えろ。アスマはそれをやらずに、盤の前に座り続けました。遠回りを、何年も続けている。
理由はたぶん、シカマルが「言われたことは、言われたという理由で軽くなる」人間だからです。自分で考えて出した答えしか、彼の中では重さを持たない。だからアスマは、教えるかわりに、考えざるを得ない場所に彼を置き続けました。
そう見ると、最後の問いも急に出てきたものではありません。何年もかけて、その問いを受け取れる人間のほうを先に作ってある。 渡すものより、渡し先を用意するほうに時間がかかる——アスマが払っていたのは、そちらの時間です。
シカマルのあの口癖は、やる気のなさの表明として受け取られがちです。でも彼が実際に面倒くさがっているのは、行動ではありません。感情を表に出すことのほうです。
段取りは誰よりも細かく組む。危ない役は自分で引き受ける。面倒がっていないどころか、あの世代でいちばん手数の多い人間です。彼が面倒くさいのは、その手数の理由を口に出すことだけ。
葬式に行かなかったのも、同じ一本の線の上にあります。やらないのではなく、やっているところを見られたくない。 泣かない人ではなく、人のいない場所に泣く場所を移してある人です。
この回の第十班は、暁を追う任務を自分たちの意思で続けると決めます。綱手には無謀だと止められる。それでも動く。
普通の物語なら、ここは「悲しみを乗り越えて」と要約される場面です。でもこの回は、そうなっていません。シカマルは立ち直っていない。立ち直らないまま、盤の前に戻っただけです。彼にできる悼み方が、たまたま作戦を組むことだった——順序としてはそちらに見えます。
だからこの一連の場面は、強い人が悲しみに勝つ話ではありません。悲しみ方が不器用な人が、自分にできる形を一つだけ見つける話です。刺さる人にだけ、深く刺さるのはそのためだと思います。
同じ「シカマルとアスマ」でも、記憶に残る一点は人によって違います。
煙草にむせた瞬間で止まる人。盤の上に置き去りにされた問いのほうで止まる人。葬式に来なかったという事実そのものが引っかかって離れない人。誰かが黙って隣に座った、その距離で止まる人。
この違いは、作品の好みではありません。あなたが何を見ている人かの違いです。 どこが動いたのかを説明する必要はありません。場面を1つ思い出せれば足ります。そこから先は、読む側があなたに変わります。
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<!--裏取り: https://naruto-official.com/anime/naruto1/list/01_243 / 第19話「ザブザ雪に散る…」(波の国篇)-->