第1期(園遊会の毒見)の場面に触れます。ネタバレを含みます。
薬屋のひとりごとで心が動いた場面を聞くと、園遊会で猫猫が毒見役を務めた場面を挙げる人がいます。ただ、同じ場面を挙げた人でも、止まった位置は同じではありません。
毒だと告げた落ち着いた声で止まる人もいれば、そのまわりで騒ぎ出した人たちとの温度の差で止まる人もいます。
毒見役は、主の口に入るものを先に口にする役目です。毒が入っていれば、最初に倒れるのは自分です。その役目の最中に本当に毒に当たり、猫猫はそれを、ほとんど顔色を変えずに告げます。ここはよく「猫猫の度胸が出た場面」として語られます。
けれど、彼女は怖さを押し殺していたようには見えません。毒のことになると目の色が変わる人が、目の前の毒をちゃんと見ていただけです。度胸というより、関心のほうが恐怖より先に立っている。この順番が、猫猫という人の芯にあります。
猫猫は、毒や薬を自分の体で試してきた人です。腕に残る傷あとは、その名残です。だから毒見の役目も、彼女にとってはただの危険ではなく、自分の体で確かめられる場面でもありました。
自分の体を、守るものより先に、確かめる道具として扱う。見ている側がひやりとするのは、毒そのものより、本人がそれを少しも怖がっていないことのほうです。この場面で止まる人の中には、彼女の無茶に、どこか自分の働き方を重ねている人もいるのかもしれません。
毒が見つかれば、場は騒ぎになります。誰が入れたのか、誰を狙ったのか。周りの関心は、すぐにそちらへ向かいます。
猫猫は、そこに加わりません。毒だと告げ、主を守るという自分の仕事を終わらせることを先にしています。犯人捜しより、目の前の一皿のほうが彼女の持ち場でした。持ち場を外れないこと。それが、あの静けさの中身です。
後宮を取り仕切る壬氏は、この下女をもともと面白がって見ていました。けれど、毒を口にしても顔色を変えない姿は、面白がるだけでは済まないものだったはずです。
自分の体を平気で差し出す人を見ると、周りの人は、本人の代わりに心配し始めます。 本人が自分を大事にしないぶん、誰かがその役を引き受けることになる。壬氏の側に立つと、この場面は猫猫の度胸の話ではなく、見ている人の心配が始まった場面に見えてきます。
同じ毒見の場面を思い出しても、残っている一点は人によって違います。
毒だと告げた落ち着いた声で止まる人。騒ぎ出した周りとの温度の差で止まる人。自分の体を試し続けてきた腕の傷のほうで止まる人。それを見ていた壬氏の顔で止まる人。
作品の評価が分かれているのではなく、ふだん何を見て生きている人かが分かれているだけです。 理由を説明する必要はありません。浮かんだ一場面が、そのままあなたの答えになります。
この場面で息を止めたということが、あなたの何を指しているか。
そこが分かれるところに、あなたの性格が出ます。
登録不要・無料。選ぶのは1人だけ、質問はそのあと1問です。