煉獄杏寿郎は、最期まで笑っていた

劇場版『鬼滅の刃』無限列車編の場面に触れます。ネタバレを含みます。

鬼滅の刃で泣いた場面を聞くと、無限列車という答えがかなりの割合で返ってきます。ただ、同じ場面を挙げた人でも、涙腺が決壊した位置は同じではありません。

刀を振るう姿ではなく、飯を食う姿のほうで、すでに何かが動き出している人がいます。

誰も死なせなかったのは、強かったからではない

劇場版『鬼滅の刃』無限列車編で煉獄杏寿郎がやったことは、二つあります。鬼と戦うことと、二百人を超える乗客を一人も死なせないこと。 どちらも命がけの仕事で、普通は両立しません。守りに回れば攻めが甘くなり、攻めに回れば守りが崩れる。多くの戦闘は、この二択のどちらかを選んだ瞬間に始まります。

彼はこの二択を、最後まで選びませんでした。強かったから両方できた、と読むと話が早いのですが、それだと彼が柱になるまでに積んできた判断が見えなくなります。選ばなかったのは、選ぶという発想そのものを、彼が持っていなかったからです。守るか攻めるかではなく、両方が自分の仕事だと最初から決めている人間には、二択という分岐点そのものが存在しません。

大声でご飯を食べたのは、暢気だからではない

戦いの前、彼は隊員たちの前で弁当を頬張り、何度も同じ言葉を叫びます。うまい!! 緊張感のない場面として笑われがちですが、順番を見ると印象が変わります。命の危険がある任務の直前に、彼はまず、目の前の飯を全力で喜ぶことを済ませています。

危機の後に喜びを持ってくる人は多くいます。彼は逆でした。喜びを先に済ませてから、危機に向かっている。 これは無自覚な性格ではなく、柱という立場を長く続けてきた人間が身につけた手順に見えます。いつ死んでもおかしくない仕事を続けるなら、普通の喜びを普通に受け取る力を、先に鍛えておく必要があるからです。あの大声は、周りの人間に「今日も生きている」ことを実感させるための、彼なりの合図でもありました。

母の言葉は、一度しか言われていない

彼が最期まで手放さなかった言葉は、母から受け取ったものです。病床でのやり取りは、記録の上ではおそらく一度きりでした。生まれつき人より多く力を持った者は、その力を弱き人のために使わなければならない。幼い彼が理由を尋ね、母がそう答えた。それだけの、短いやり取りです。

一度しか言われていない言葉が、その後の人生ずっと効き続けるというのは、よく考えると不思議なことです。繰り返し言われた言葉ではなく、一度だけ渡された言葉のほうを、彼は生涯かけて反芻していました。 まるで小さな部屋を一つ与えられて、危険な判断をするたびにそこへ戻っていたようなものです。彼にとってその部屋の扉は、いつでも同じ場所にありました。

母の側から見ると、それは最後の準備だった

母の立場で考えると、この場面はもう少し違って見えます。自分が長くは生きられないと分かっている人間が、子どもに渡せる言葉は限られています。具体的な指示を残せば、その場面が来たときにしか使えません。彼女が選んだのは、あらゆる場面に効く、抽象度の高い一文でした。

これは楽な選び方ではありません。抽象的な言葉は、渡した瞬間には子どもに届いた実感が薄いからです。それでも母がそちらを選んだのは、自分がいなくなった後、この子が何十年も一人でこの言葉を使い続けることを、先に見込んでいたからだと思います。渡す言葉を決めるのに、渡す時間より長くかけていたのは、たぶん母のほうです。

「柱」という呼び名は、強さの称号ではない

彼を指す「柱」という言葉は、最強の称号として受け取られがちです。けれど元々の意味は、建物を支える構造材のことです。強いから柱になるのではなく、その場所で崩れてはいけない部分を支える役目を負うから、柱と呼ばれます。

無限列車での彼の役目は、まさにこの意味のほうでした。鬼という攻撃と、乗客の命という荷重を、同時に一人で支え続けること。「柱」は二百人以上の重さを、最後まで支えていたという、ただの事実の呼び名だったと考えると、彼の行動の説明がすべて重なります。

立ったまま笑っていたのは、恐怖に勝ったからではない

致命傷を負ってなお、彼は倒れず、笑って部下たちに労いの言葉をかけ続けます。これはよく、恐怖を克服した勇者の最期として語られます。でも彼自身の言葉を追うと、そこに「克服」という手続きは出てきません。

彼が繰り返し口にしたのは、自分がどう感じているかではなく、残る者たちがどう思い出すかでした。怖くなかった人ではなく、怖さの扱い方を、隊士としてすでに何年も前に決めていた人です。だから最期の場面は、恐怖に勝った話ではなく、決めていたとおりに、最後までやり切った話として読むほうが近いはずです。

あなたが止まったのは、どこでしたか

煉獄杏寿郎の同じ場面を思い出しても、心に焼きついた一点は人それぞれです。

「うまい!!」の声の大きさで止まる人。母の言葉を復唱する場面で止まる人。倒れてなお笑っていた表情で止まる人。列車が止まった後、乗客の誰一人欠けていなかったという、静かな事実のほうで止まる人。

この違いは、感動しやすいかどうかの差ではありません。あなたがどこに人の本気を見出すかの違いです。 どの一点が動いたかを、うまく説明できなくても構いません。場面を一つ思い出せれば、それで十分です。

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<!--裏取り: https://kimetsu.com/anime/story/detail/?ep=ep02&series=hashira / シリーズ「柱稽古編」第二話、サブタイトル「水柱・冨岡義勇の痛み」-->

この場面で息を止めたということが、あなたの何を指しているか。
そこが分かれるところに、あなたの性格が出ます。

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