第3話「天然パーマに悪い奴はいない」(父の道場を守るためにアルバイトをする新八が、店長に責められ天人に笑われているところへ、銀時が現れる場面。出会いの前提の範囲)の場面に触れます。ネタバレを含みます。
銀魂の第3話で、志村新八は亡くなった父の道場を守るためにアルバイトをしています。店では店長に責められ、客の天人には笑われます。そこへ現れたのが、坂田銀時でした。
この場面を挙げる人でも、止まった位置は同じではありません。笑われている新八で止まる人もいれば、何でもない顔で現れる銀時で止まる人もいます。
この場面はよく「主人公たちの出会い」として語られます。物語の始まりとしては、その通りです。
けれど、銀時は立派な侍として現れるわけではありません。だらしなく、やる気もなさそうに見える男です。 この場面に止まる人は、肩書きや見た目ではなく、その人がどこで引かないかで人を見てきたのかもしれません。
新八が我慢していたのは、ただの仕事のつらさではありません。父から受け継いだ、侍としての誇りが笑われていました。
自分ではなく、自分が大事にしているものを笑われるほうがこたえることがあります。 この場面で胸が動く人は、新八の我慢の中にあったものに目が行く人です。
道場を守りたい気持ちはあっても、新八にはどう守ればいいかがまだ分かりません。その前に現れたのが、自分のやり方で生きている大人でした。
守り方を教わるより先に、守っている人を見たことがある人がいます。 この始まりに止まる人は、言葉ではなく背中で何かを渡された覚えがある人かもしれません。
同じ出会いの場面を思い出しても、残っている一点は人によって違います。
道場を守ろうとする新八の我慢で止まる人。笑う天人の前で止まる人。だるそうに現れた銀時で止まる人。この2人がここから一緒にいることになる予感で止まる人。
作品の評価が分かれているのではなく、ふだん何を見て生きている人かが分かれているだけです。 理由を説明する必要はありません。浮かんだ一場面が、そのままあなたの答えになります。