『ドラえもん』てんとう虫コミックス第6巻 収録「さようなら、ドラえもん」の場面に触れます。ネタバレを含みます。
「ドラえもんで泣いた話」と聞かれると、「さようなら、ドラえもん」の名前が挙がることがよくあります。ただ、同じ話を選ぶ人同士でも、心が動いた地点は同じではありません。
ジャイアンとの決着がついた瞬間に泣く人もいれば、そこに至るまでドラえもんがずっと動かずにいた、あの静けさのほうを覚えている人もいます。
ドラえもんが未来に帰る理由は、期限が来たからだと説明されがちです。実際、そういう事情も物語には用意されています。
でも、あの日の描かれ方をよく見ると、事情だけでは足りません。ドラえもんは、帰る日になってもすぐには動きません。のび太がジャイアンに勝てるかどうかを、最後まで見ようとします。期限が理由なら、見届けずに発ってもよかったはずです。
そうしなかったのは、帰る条件が期限そのものではなく、「一人で戦えると確かめられたかどうか」のほうだったからだと思います。決められた時間より、自分で決めた条件のほうを優先した。それがこの日の動き方です。
選ぶ動作は、喧嘩の場面そのものではなく、道具に手をかけて、途中で止める仕草です。ジャイアンにやられそうになるのび太を見て、ドラえもんはポケットに手を伸ばしかけます。助けたい気持ちのほうが、先に体を動かしています。
それでも、出しません。助けないことのほうを、その日だけは選び続けた。それまでの日々とは逆の判断です。何百回も出してきた道具を、いちばん出したくなる場面で出さない。この一回の我慢が、それまでの手助けの回数より重い行動になっています。
助けることに慣れていた手が、初めて自分を止める。支えるとは何かを、道具を使わないことで示した日でした。
のび太とドラえもんが積んでいたのは、特別な儀式ではありません。四畳半の部屋で、毎晩同じように眠っていたという、なんでもない積み重ねです。
道具を出す出さないという派手な場面の裏に、この地味な同居の時間が積んであります。ジャイアンとの決着より前に、二人はすでに数えきれない夜を共有していました。器が特別だったのではなく、特別でない時間を、特別な量だけ重ねていたというほうが近いと思います。
だから最後の日、ドラえもんが動かなかったのは、道具が尽きたからではなく、積んできた夜の分だけ、のび太を信じられたからです。
のび太の側の時間を見てみます。いつもの彼なら、ピンチになった時点で道具を探す側に回る人です。頼る先が近くにあることに、慣れきっています。
でもこの日は違います。助けが来ないと分かった上で、逃げずに立ち続けている。それまで積み重ねてきた失敗の量を思えば、これは唐突な成長ではありません。何度も負け、何度も助けられてきた時間の果てに、たまたまこの一回だけ、助けを待たない選び方をしただけです。
だから見届けているドラえもんが見ていたのは、強くなったのび太というより、初めて自分の判断で立ち続けたのび太だったはずです。結果より、その判断のほうが、支える役目を終える条件に近かったのだと思います。
ドラえもんがのび太を評するときの言い方は、「しょうがないなあ」でおなじみです。突き放しているようで、実際には毎回ちゃんと様子を見にきている合図でもあります。
見くびる相手には、これほど頻繁に手を出しません。その口癖は、見放す言葉というより、見続けてきた回数の多さを示すもののほうに近いと思います。数えきれないほどその言葉を口にしながら、実際には数えきれないほど隣にいた。
だから最後の日、それを言わずに見守っていたことのほうが、むしろ重いです。言わなかったのは、もう見くびる理由がなくなったからだと読むこともできます。
この日の山場は、のび太がジャイアンに勝つことだと思われがちです。でも実際に描かれているのは、勝った瞬間そのものより、それを見ていたドラえもんの時間のほうです。
ドラえもんは、勝敗が決まる前から、すでに手を出さないと決めています。つまり結果を見て支える役を降りたのではなく、降りると決めてから、結果を見ている。順番が逆です。役目を終える判断は、勝敗の外側で先に済んでいました。
だからこの場面は、のび太が強くなって卒業できた話としてよりも、支える側が、支えないという選択をやり切れた話として見るほうが近いと思います。見届けた先に何があったかより、見届けきったこと自体が、この日の到達点でした。
「さようなら、ドラえもん」というひとつの話でも、心が引っかかる場所は人によってばらばらです。
道具に伸ばした手を止める、その一瞬で止まる人。ジャイアンとの喧嘩そのもので止まる人。「しょうがないなあ」と言われなかったことに、後から気づいて止まる人。四畳半で重ねてきた夜の長さを思って止まる人。
この違いは、思い出の濃さではありません。あなたが何に支えを感じる人かの違いです。 うまく説明できなくても大丈夫です。場面がひとつ浮かべば十分で、その先は読んだ人それぞれに委ねられます。
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