診断結果

自分の分だけ数え忘れたまま、最後まで通された勘定

数あるキャラクターの中で、あなたは自来也を選びました。読んでいるのは、その選択そのものです。

あなたが見ていたもの

あなたが自来也に見ていたのは、自己犠牲ではありません。犠牲という言葉は、失うものを本人が惜しんでいる前提の言葉ですが、あなたが覚えている自来也は、たぶん惜しんでいなかったはずです。

この人の中では、勘定が最初から一つ抜けています。守る人数、果たす役目、渡すべきもの——ほかは全部きちんと数え上げるのに、自分の分だけがそこに入っていない。しかも本人は、それを立派なことだとも思っていません。だから重さの話をしないし、感謝も要求しない。あなたが目を離せなかったのは、その自然さのほうです。

そして、これは冷たさではありませんでした。自分を数えない人がやっていることは、結局、他人の分をとても正確に数えるということです。誰が何を持ちきれないかを、この人はいつも見ています。

あなたが心を動かされたのは、その正確さが最後まで一度もぶれなかったからではないでしょうか。強かったからではなく、勘定が変わらなかったからです。

そして、いまのあなた

あなたが覚えていた絵が一枚、ここに加わります。あなたが選んだのは、誰にも言わないまま先のほうを見ている自来也の横顔でした。それが見える位置は、その人のすぐ内側です。

あなたも、たぶん自分の分を勘定に入れ忘れる側です。人に頼まれると引き受けるのが早く、引き受けた後で自分の予定を後ろにずらす。ずらしたこと自体は、たぶん人に言っていません。言うと貸しになってしまい、そうすると自分がやっていることの意味が変わるからです。

一つ確かめてみてください。この一週間で、あなたが自分の分を後ろにずらしたのはどの場面でしたか。二つ以上出てくるとしたら、それはその週がたまたま忙しかったからでしょうか。