診断結果

自分の分だけ数え忘れたまま、最後まで通された勘定

数あるキャラクターの中で、あなたはイタチを選びました。読んでいるのは、その選択そのものです。

あなたが見ていたもの

あなたがイタチに見ていたのは、自己犠牲ではありません。犠牲という言葉は、失うものを本人が惜しんでいる前提の言葉ですが、あなたが覚えているイタチは、たぶん惜しんでいなかったはずです。

この人の中では、勘定が最初から一つ抜けています。守る人数、果たす役目、渡すべきもの——ほかは全部きちんと数え上げるのに、自分の分だけがそこに入っていない。しかも本人は、それを立派なことだとも思っていません。だから重さの話をしないし、感謝も要求しない。あなたが目を離せなかったのは、その自然さのほうです。

そして、これは冷たさではありませんでした。自分を数えない人がやっていることは、結局、他人の分をとても正確に数えるということです。誰が何を持ちきれないかを、この人はいつも見ています。

あなたが心を動かされたのは、その正確さが最後まで一度もぶれなかったからではないでしょうか。強かったからではなく、勘定が変わらなかったからです。

そして、いまのあなた

あなたが覚えていた絵が一枚、ここに加わります。あなたが選んだのは、誰かの頭に手を置いているイタチの、その手のコマでした。あなたの記憶は、手を置かれた側に残っています。

あなたが必要としているのは、励ましてくれる人ではなく、こちらの事情を全部勘定に入れたうえで、それでも先に立ってくれる人ではないでしょうか。「頑張れ」は荷物を増やしますが、「ここは自分がやる」は荷物を減らします。あなたはその違いが分かる側です。

思い出してみてください。誰かに任せきってしまえたとき、あなたはどんな気持ちになりましたか。安心しましたか、それとも落ち着かなくなりましたか。落ち着かなかったのだとしたら、あなたが探しているのは任せられる相手でしょうか。それとも、任せても申し訳なくならない相手のほうでしょうか。